神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)190号 判決
原告
冨田雅弘
ほか一名
被告
小林良雄
主文
一 被告は原告らそれぞれに対し、各一〇〇万二三五二円及びこれに対する昭和五八年九月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は五分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める判決
一 原告ら
1 被告は原告らそれぞれに対し、各五六五万一五〇〇円及びうち五一五万一五〇〇円に対する昭和五八年九月二五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 被告
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
亡冨田由利香(以下被害者という)は次の交通事故(以下本件事故という)によつて、事故発生の約一七分後に死亡した。
(一) 発生日時 昭和五八年九月二四日午後二時四五分頃
(二) 発生地 神戸市長田区苅藻通四丁目八番六号交差点附近
(三) 加害車 被告運転の大型貨物自動車(神戸一一や六〇〇九号)
(四) 事故の態様 加害車が、前記発生地路上を横断しようとする訴外伊藤康文(昭和四九年一〇月三日生)運転後部に被害者同乗の自転車右側面に衝突し、転倒した被害者を左前輪により圧轢し、内臓破裂死せしめたものである。
2 責任原因
被告は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたから自賠法三条により原告らに生じた損害を賠償する義務がある。
3 損害
(一) 被害者の損害
(1) 逸失利益 一五五九万円
被害者は昭和五一年六月三日生れの女子で事故当時七歳であつたが、若し本件事故に遭わなければ一八歳から六七歳まで稼働できたものと考えられる。従つて、昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計女子労働者一八~一九歳平均額に五パーセントのベースアツプ分を加算し、四五パーセントの生活費の控除をなし、中間利息の控除につき新ホフマン式計算をなして算出すると、一五五九万〇五五三円となるが、端数を省略する。
(2) 慰謝料 四〇〇万円
被害者は末つ子として同居の両親、祖父母、兄に可愛いがられ、幸福な家庭で育つていたものであるが、一〇トンのダンプトラツクの車輪の圧轢により内臓を破裂させて無惨な死亡をなし、将来の幸福をも奪われたものであつて、その精神的損害に対する慰謝料として前記金額を相当と考える。
(二) 相続 各九七九万五〇〇〇円
原告冨田雅弘は被害者の父、同冨田信子は母であり、被害者の法定相続人であるから、被害者の前記損害賠償債権合計一九五九万円を法定相続分(各二分の一)に応じて前記金額ずつを相続により取得した。
(三) 原告ら固有の損害
(1) 慰謝料 各五〇〇万円
被害者は健康で明朗な子であり、小学校の成績も抜群で、スポーツが得意な頑張り屋の子であつた。従つて、家族全員に可愛いがられていたものであるが、一瞬の事故により家庭にポツカリ穴があいてしまつたようになり事故を目撃した仲の良かつた年子の長男も寂しい表情をすることが多い。元より被害者の両親である原告らの受けた衝撃は筆舌に尽せない。
一方、加害者である被告は、葬式の日に一度、一か月後に一度謝りにきた外、原告冨田雅弘に言われて始めて事故現場に供花しただけであり、最愛の子を死亡せしめられた親に対する態度としては誠意が認められない。よつて、原告らの精神的損害を慰謝するには前記額が相当である。
(2) 葬儀費 各三五万六五〇〇円
原告らは、被害者の葬儀費用として前記各金員を支出した。
(四) 損害の填補 各一〇〇〇万円
原告らは本件損害のてん補として自賠責保険より前記各金額の弁済を受けた。
(五) 弁護士費用 各五〇万円
4 結論
よつて、原告らは、被告に対しそれぞれ各五六五万一五〇〇円及び前記弁護士費用を除いた各五一五万一五〇〇円に対する事故日の翌日である昭和五八年九月二五日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因第1、2項は認める。
2 同第3項の(一)被害者の損害の(1)逸失利益中、本件被害者が事故当時七歳の女児であつたことは認めるが、年当り五パーセントのベースアツプ分を加算して逸失利益を算出することその際の生活費控除を四五パーセントとすることは否認、その余は不知。
すなわち、幼児の逸失利益を考える場合、稼働年齢までに相当の期間があること、如何なる職業に就くか全く不明であること、一家の主柱となることは女児の一般例としては考えられないこと等から、ベースアツプは考慮すべきでなく、生活費控除は五〇パーセントとすべきと思料する。
3 同項(2)慰藉料は不知。
4 同項(二)相続は認める。
5 同項(三)原告ら固有の損害は、いずれも不知。
6 同項(四)は認め、被告の利益に援用する。
7 同項(五)は不知。
8 被告の主張
本件事故の発生状況は、被告車は南下して本件交差点手前で対面信号赤に従い一時停止して信号待ちし、対面信号が青に変わつたので徐行しながら発進したところ、被害者を後部席に同乗させて自転車を運転していた伊藤康文(当時八歳)が、被告車の左斜後方より交差点に入り、対面信号赤であるのにこれを無視して、交差点内を右折するようにして被告車の前方を横切ろうとしたところへ、青信号に従つて進行した被告車に接触したものである。
加えて、本件交差点附近は自動車の交通量が非常に多い所であるのに、被害者は八歳男児が運転する自転車の後部席に同乗するという危険な状態で、信号無視の無謀な横断をなしたのであり、被害者もしくはこれを監督すべき責任のある原告らには相当高度の過失があるので、応分の過失相殺がなされるべきである。
第三証拠
本件記録中における証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 事故の発生及び責任原因
請求の原因第1、2項の事実は、当事者間に争いがない。
二 損害
1 被害者の逸失利益 一三五八万〇八七九円
被害者が昭和五一年六月三日生れの女子で、本件事故当時七歳であつたことは、当事者間に争いがない。
そこで、被害者の逸失利益を検討するに、昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計女子労働者一八歳から一九歳の平均賃金は年額一四四万七五〇〇円になることは当裁判所に顕著な事実であり、右年収を被害者の収入と固定し、被害者の生活費を五〇パーセント、一八歳から六七歳までを稼働可能期間、とみて、別紙のとおりの式で被害者の逸失利益を計算すれば、頭書金額となる。
これに反する原告らの主張は採用しない。
2 被害者の慰藉料 三〇〇万円
原告冨田雅弘本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、慰藉料に関する原告ら主張事実が認められ、被害者の慰藉料は三〇〇万円をもつて相当と認められる。
3 相続 各八二九万〇四四〇円
原告らが被害者の父、母として共同相続人となつたことは当事者間に争いがなく、原告らは、被害者の前記損害賠償債権一六五八万〇八七九円を法定相続分各二分の一に応じて頭書金額づつ相続により取得した。
4 原告ら固有の慰藉料 各五〇〇万円
成立に争いのない乙第五一号証、原告冨田雅弘本人尋問の結果、同結果によつて認められる甲第六、七号証、第八ないし一〇号証の各一、二を総合すれば、右慰藉料に関する原告ら主張事実が認められ、原告ら固有の慰藉料は各五〇〇万円をもつて相当と認める。
5 葬儀費 各三五万円
原告冨田雅弘本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証によれば、原告らは、被害者の葬儀費として七一万三〇〇〇円を支出したことが認められるが、そのうち七〇万円すなわち、原告らが各三五万円の支出した分だけ本件事故と相当因果関係のある葬儀費と認める。
6 3ないし5の原告ら損害額合計は各一三六四万〇四四〇円となる。
三 過失相殺
成立に争いのない乙第一ないし第五〇号証を総合すれば、(1) 被告は、本件事故当時、信号機の設置された本件事故現場付近の交差点に大型貨物自動車を運転して北方から南進してさしかかり、停止線の直前で信号まちをしたのち、青信号になつて発進しようとしたが、その際、同所付近は住宅密集の商店街であり、軽車両等が自車の前方に進出することが予想される状況であつたから、左前部バツクミラー等で前部及び左側の安全を確認しなければならないのに、これを怠り、右方のみを見て発進した過失により、自車左側道路から自車前方に進入して来た伊藤康文(当時八歳)運転の自転車に気づかず、自車左前部を右自転車の右側に衝突させ、右伊藤及び被害者を路上に転倒させ、被害者を自車左前輪で圧轢し、被害者を死亡させたものであること、(2) 一方、右自転車を運転していた伊藤康文は、後部荷台に被害者を乗車させてはならないのにこれを乗車させ(道路交通法五五条)、また、交差点で右折するに当り、道路交通法三四条三号に定める方法によらず、かつ、交差点西側の信号が赤であつたのに、これに気づかず、発車しかけた被告車の直前を進入した過失により、被告車と前記のとおり衝突し、転倒して被害者を死亡させたものであること、(3) 右伊藤康文と被害者とは、本件事故当時遊び友達というだけであつて、親族関係がなかつたこと、(4) 被害者の兄冨田雅信(当時八歳)は、本件事故前、自転車に乗り、青信号に従つて前記交差点を横断し、しばらく進行した後、伊藤康文らの様子が気になり、引き返して本件事故を知つたものであり、右冨田雅信には、本件事故につきなんらの過失がないこと、以上の各事実が認められる。
前記各認定事実によれば、本件事故は、被告と伊藤康文の共同不法行為により、被害者を死亡させた事案であることが明らかである。そして、前記(3)の認定事実によると、被害者と伊藤康文とは、身分上、生活関係上、一体をなすとみることができないから、伊藤康文の過失をもつて被害者側の過失とすることができない。しかしながら、前記(1)、(2)の認定事実によれば、本件事故現場付近は、住宅密集の商店街である交差点であり、このような場所で、道路交通法五五条が禁止している、自転車の二人乗りは、その運転に不安定な状態をもたらす危険な行為であり、もし、被害者が自転車の後部席に同乗していなければ、右自転車が被告車と衝突していても、被害が最悪の程度に至らなかつたものと考えられ、被害者が右二人乗りをした行為は、被告に対する関係において、被害者またはその監督義務者である原告らの過失というべく、その過失の程度は、本件事故につき間接的であつたことにかんがみ、二割とみることができる。一方、被害者の右二人乗りは、伊藤康文自身の過失行為にも該当するわけであるけれども、被害者の伊藤康文に対する関係では、好意同乗となり、やはり損害額の二割が減額対象となる。しかも、被害者の被告に対する過失割合二割と、伊藤康文に対する好意同乗による減額二割とは、二人乗りをめぐつて、重複する関係にある。
おもうに、損害の公平な分担を理念とする民事交通訴訟において、共同不法行為における全損害とは、共同加害者と被害者との各人的関係や諸要素を総合して合理的に算定すべきものであり、本件の場合、被害者(原告らを含めた意味の被害者側)の被告・伊藤康文に対する前記過失、好意同乗を理由として損害額から二割を控除した金額すなわち、前記二の6の金額各一三六四万〇四四〇円からいずれも二割を控除した各一〇九一万二三五二円が、被告・伊藤康文の共同不法行為による全損害となるものと解するのが相当である(被告と伊藤康文とは、上記金額の範囲内で過失度に応じ、求償関係に立つものである)。
四 損益相殺
原告らが自賠責保険から本件損害のてん補として各一〇〇〇万円の弁済を受けたことは、当事者間に争いがない。
前記三認定の原告らの損害金各一〇九一万二三五二円から右てん補額をそれぞれ控除すれば、原告らの損害額は各九一万二三五二円となる。
五 弁護士費用
本件事案の内容、認容額に照らし、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用としては、原告らに対し、各九万円をもつて相当と認める。
六 結び
以上の次第で、被告は原告らそれぞれに対し、本件損害賠償金各一〇〇万二三五二円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和五八年九月二五日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告らの本訴請求は、右認定の限度で正当として認容すべきも、その余は失当として棄却を免れない。
よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九一条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 広岡保)
逸失利益の計算
1447.500円年収-(1447.500×1/2)生活費×〔(67歳-7歳のホフマン係数27.3547)-(18歳-7歳のホフマン係数8.5901)〕
1447.500円×0.5×18.7646=1358万0879円